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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和62年(く)12号 決定

少年 S・Y(昭47.6.6生)

主文

原決定を取り消す。

本件を金沢家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、右法定代理人名義の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用するが、その要旨は、原決定の処分が重きに失し、著しく不当であるから、その取消しを求める、というのである。

そこで記録を調査して検討するに、本件非行はシンナーの吸入と原動機付自転車の無免許運転であり、少年にはこれまで審判不開始で終わった家庭裁判所係属歴が1回あるに過ぎないけれども、少年のシンナー吸入はもとより家出癖も常習化していて、中学生としての学習もほとんどできていないという状況にあり、しかもその原因は、少年の資質によるほか、両親が離婚し、少年の監護に無責任な態度に終始しがちであつたという家庭環境ないしその監護能力の劣悪なことにあつたものと認められるのであつて、そのような非行の態様に加えて少年の資質、これまでの父母による監護の経緯、少年の交友関係、その学習進度等にも徴すると、少年の非行性の矯正、除去は容易でないと考えられ、原決定が少年を初等少年院へ送致する旨の決定をしたことも十分首肯し得るところである。

しかしながら、当審における事実取調の結果によると、原決定後、少年の両親においてもそのような問題点を真剣に自覚するに至り、再び同居して少年の更生のために協力することとしてこれを実行に移し、また、近隣に居住する少年の叔父叔母夫婦もこれに協力することを約しているほか、少年自身も、父母の意を知り、更生の意欲を新たにしていることが認められるのであつて、これらの事情のほか、少年の非行的性格が発現し始めてから本件非行に及ぶまでに僅々1年半程度の期間しか経過しておらず、その間、前示のとおり家庭裁判所係属歴が1回あるのみであつて、その非行性もそれほど深化していないものと認められること等にも照らすと、現段階においては、社会内処遇によりその非行性の進展を阻止し、矯正してゆくことも十分可能であり、期待もできると考えられ、いま直ちに少年を矯正施設に収容することは相当でないものと判断され、以上のような社会資源を活用して在宅監護による更生の可能性の有無を探つたうえ、終局処分を決定するなどの措置をとることこそ適切であるといわなければならない。本件抗告は理由がある。

よつて、少年法33条2項、少年審判規則50条により、原決定を取り消し、本件を原裁判所である金沢家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 杉浦龍二郎 裁判官 井垣敏生 小西秀宣)

〔参考1〕 抗告申立書

抗告申立書

抗告人少年 S・Y

右の者にかかる毒物及び劇物取締法違反・道路交通法違反保護事件について、左のとおり抗告を申し立てる。

昭和62年7月27日

申立人 少年の母 法定代理人親権者 S・K子

名古屋高等裁判所金沢支部 御中

申立の趣旨

原裁判所が昭和62年7月13日になした初等少年院送致決定(以下「原決定」という)は、処分が著しく不当と思料されるので、これを取り消す旨の決定を求める。

申立の理由

一 非行事実、非行歴等

1.本件非行事実は、シンナー吸引と原動機付自転車の無免許運転である。

2.少年は、昭和61年春頃より、家出、外泊、怠学、シンナー吸引、喫煙等を始め、何度か司直により補導されたことがある。シンナー吸引の回数はこれまで合計20回ほどである。

3.少年はこれまで家庭裁判所における審判をうけたことはない。

二 原決定とその問題点

1.原決定

金沢家庭裁判所は、昭和62年7月13日右非行事実に関し、少年に対し初等少年院送致決定を言い渡した。

2.原決定の理由

原決定は左に述べるような少年の性向と劣悪な家庭環境を考慮してなされたものと考えられる。

(一) 少年の性向

少年は昭和61年春頃から家に寄りつかぬようになり、父母に連れ戻されても幾度か家出を繰り返してきた。家出の間は、悪友と交友し、シンナー吸引・怠学等を続け、このように、家出、シンナー吸引については、常習化していると認められる。加えて、少年は短絡的に行動にはしる傾向があるうえに、現在情緒不安定の様子も認められる等々。

こういった少年の性向に鑑みると、社会内で処遇を試みるには、再犯の危険が余りにも大きすぎる。

(二) 劣悪な家庭環境

少年の父母は昭和59年5月、夫の不貞が原因で協議離婚しており、その後昭和61年10月頃まで少年は親権者である母のもとで生活したが、少年には、母が実兄をより可愛がり少年に対しては冷たく接しているように思われてならず、母の愛情不定感と淋しさをまぎらわせるため、家出をし、悪友と遊び回るようになった。昭和61年10月、少年の希望もあり、父母の相談のうえ、福井県内で生活していた父のもとで少年は生活することになったが、父は不貞の相手方であった愛人宅にいりびたるようになり、その愛人の連れ子は可愛がるが少年に対しては小遣い銭は持たせるが放任の態度をとるようになったため、ここにおいても少年は強く疎外感を抱くようになった。

このように少年の目には、父母は、最も身近な存在であるべきであるにもかかわらず、他人のように見える時がしばしばあり、父母とともに生活するのは居辛いものであった。しかも父母は、このような少年の不満に全く気付かなかった。このような父母の状況に鑑みると、父母には、少年の問題点をフォローするに必要な監護能力には欠けていると考えざるをえない。

3. 原決定の問題点

(一) 少年が非行に走った原因

少年が悪友と交友関係を持ち始め、非行に走り出したのは、昭和59年からで、それ以前は、非行の傾向は見当たらない。即ち、少年が非行に走り始めた一番大きな原因は父母の離婚である。そして離婚後少年は兄とともに母のもとで生活していたが、母は、夫の不貞による離婚、離婚に際し夫の多大な借金を抱え込んだこと等による鬱積した不満のため時として少年に辛くあたることもあった。そして、少年は小さい頃よりとりわけ父に溺愛され、その結果、母は専ら犯を可愛がるようになっていたが、そのことによる少年の、母と兄との母子愛に対するひがみと疎外感を常に持っていた。また、その後、少年の希望に基づき、少年は父と共に福井で生活を始めたが、父は不貞関係の相手方である愛人宅に週に2~3日は通うようになり、その連れ子は可愛がる反面、少年に対しては小遣銭を持たせ放任するなど、ここにも、少年の求めていた親子愛の満ちた家庭というものはなかった。そして、このような少年の父母に対する不満に対し、父母はそれを理解する努力に欠けていた。このような状況は、多感な14才の少年にとって、誠に辛いことであった。そして情緒不安定の状態、悪友との交友が始まり、家に寄りつかず、家出・外泊を繰り返し、そしてシンナー吸引を覚えていった。

以上より理解できるように、少年が非行に走り始めた最も大きな原因は、劣悪な家庭環境である。そして、この劣悪な家庭環境が改善されるならば、本来は「ほがらか」(S・Kの員面調書)で、素直さも認められ(鑑別結果通知書)、「非行自体はそれほど進行していない」(同)少年は、必ず更正できる。

(二) 審判後の事情

〈1〉 父母の変化

父母に前述したような少年の気持ちを理解できていなかったという欠点があったとしても、少年が家出をすれば必死に探し回って家に連れ戻し、また、少年の更正を期して父母の相談のうえ少年を父のもとに転居させるなど、それなりに父母は少年の更正、再犯防止のために努力していたのも事実である。ゆえに、少年が金沢少年鑑別所に入所してからは、父母ともども足繁く鑑別所に通い、少年と面会している。

そして、初等少年院送致決定が言い渡された後、遅まきながら、父母は、少年が父母に対し持っていた不満を知り、少年を非行に走らせた自らにかかわる原因を認識するに及んだ。そしてお互いの復縁については父母の気持ちに相違はあるものの、少年の立ち直り、再犯防止という点については一致協力することを誓い、少年が非行に走った原因を踏まえ、今後少年が再犯をおこさないようにするにはどうすべきかを真剣に話し合った。その結果、少年の希望もあり(少年がこれまで持っていたところの、母は兄ばかりを可愛がるという認識は、現在、少年自身誤りであると知るに至っている)、少年を母のもとで兄と生活させ、母は、少年の監督を固く誓う一方、少年の気持ちをこれまで以上に理解できるよう努めることを誓っている。

もっとも、母の家業はスナック経営であるが、同スナックは昭和51年頃より経営を始めていたところ、昭和59年父母の離婚まで少年及び兄には非行の傾向は特に認められなかったのであり、母の家業がスナック経営であるとしても、母の監督に限界があると決めつけることは許されない。

他方、父については、今後、愛人との関係を清算し、しばしば母のもとに通い、少年との団欒の時を持ち、少年とのよき話し相手、相談相手になれるよう父としての責任を果たそうと考えている。

〈2〉 少年の変化

少年院に入り、また、少年に面会するために父母が加賀市や福井県からも足繁く少年鑑別所や少年院に通ってきたこともあり、少年自身にも変化が生まれてきた。即ち、母は兄のみを可愛がっているという誤解も解け、シンナーを吸引し続けると精神に異常をきたし、死亡する者もいる等シンナー吸引の害悪も知るに至り、また、悪友とも絶交を含め、友人を選ぶこと、そして母のもとで再びまじめに生活し、そして中学生として学習を続けてゆくことを強く誓っている。

少年の非行自体はそれほど進行しておらず(鑑別結果通知書)、シンナー吸引も仲間がいないと行わない(少年の員面調書)などシンナーに対する依存性も認められるとは未だ考えられず、また、暴力団との関係もなく、前記したように少年は更正のための固い決意とともに、さらに将来は調理師になりたいという展望も持つなど、少年には更正の可能性は大きいのであり、前述したような暖かい家庭環境が整えば、少年の更正は必ず可能である。

(三) まとめ

以上要するに、少年が非行に走った根本の原因は暖かい家庭環境の欠如にあるのであり、現在、父母も、これまで少年が父母に対して持っていた不満に気づき、一致協力して少年のための暖かい家庭環境づくりのために努力する決意を固めており、また、その中で、少年も変化しているのである。

三 結語

以上に鑑みれば、原決定は、著しく不当な処分というほかなく、その取消を求める。

添付書類

一報告書(父母)      各1通

一報告書(付添人弁護士○○) 1通

一手紙(少年が母にあてたもの)1通

以上

〔参考3〕少年調査票〈省略〉

〔参考4〕受差戻審(金沢家昭62(少)1344号昭62.12.16決定)

主文

少年を金沢保護観察所の保護観察に付する

理由

1 非行事実

少年は、

(1) A(当時15年)と共謀のうえ、昭和62年4月2日午後4時ころから午後5時30分ころまでの間、加賀市○○×丁目××番地飲食店「○○」裏において、酢酸エチル及びトルエンを含有するシンナー溶液を吸入し、

(2) 公安委員会の運転免許を受けないで、同年5月16日午前6時55分ころ、同市○○××-×番地先路上において、原動機付自転車を運転したものである。

2 適条

(1) の事実につき、刑法60条、毒物及び劇物取締法24条の3、3条の3、同法施行令32条の2

(2) の事実につき、道路交通法118条1項1号、64条

3 処遇理由

少年の生活歴及び本件非行に至る経緯については家庭裁判所調査官○○作成の少年調査票記載のとおりであるからこれを引用する。

少年は、昭和62年7月13日当庁において初等少年院(一般短期処遇)送致決定を受けたが、抗告審において、原決定後、両親が同居して少年の更生のために協力することにしてこれを実行に移していること、近隣に居住する叔父叔母夫婦もこれに協力することを約していること、少年自身も更生の意欲を新たにしていることが認められる等の事情が考慮され、原決定が取り消されて差し戻されたものであるところ、少年の母は抗告審において、少年の父と同居して少年の更生に努めることにして父の荷物の一部は既に運び込まれている旨供述しているのであるが、荷物の一部が運び込まれはしたもののそれは日常生活には不要のものであり、同居へ向けてのそれ以上の進展はなく、近日中に同居するに至るような事情にはなく、また少年の叔母G・K子も抗告審において、少年の更生に尽力する旨供述しているのであるが、少年が釈放された後の経過をみると同人ないしその夫が少年の更生に関して親族としての心情の発露以上の協力をしているとは認められず、原決定時に比較してその家庭環境が改善された点は認められない。

ところで、家庭環境が原決定時に比して改善されていない上記のようなその事情に、少年の家出癖及びシンナー吸入は常習化していると認められること並びに学業の遅れがひどく復学したのち時間の経過に伴って再び学校不適応状況を来すおそれのあることを合せ考えると、収容による矯正教育を施すのが相当であると考えられなくもないが、現実に少年院に収容される経験をするなど本件の一連の審判手続を介して、少年自身が今迄の生活態度を反省し、更生意欲を強く持つに至っていること及びその両親においても自己らの生活態度が少年に与える影響を反省し、その改善と少年の更生へ向けての協力の必要なことを自覚するに至っていることを考慮すると、少年の健全な育成のためには、直ちに収容して矯正教育を施すよりも、社会内処遇によって自覚ある更生を図るのが相当であると考える。

そして、上記の事実に照らし考えると、専門家による指導監督により、不良交友関係の改善と基本的生活態度の習得を図るのが相当であると認められるから、少年法24条1項1号、少年審判規則37条1項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 新崎長政)

〔参考5〕少年調査票〈省略〉

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